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ボーイズラブ | SF・ファンタジー・ホラー | 光と影、夜と昼【33】 | 桜井哉々子 [p.1/p.2]

『光と影、夜と昼』

ボーイズラブ | SF・ファンタジー・ホラー | 光と影、夜と昼【33】 | 桜井哉々子 [p.1/p.2] | 幻創文庫[p.1/p.2]

光と影、夜と昼【33】

[p.1/p.2]
「ガンツェ、座ってよいぞ。すまなかったな」
 気のよい武人をテーブルへと呼び戻したシンラは、先ほどまでとは違う、硬質に整った微笑をその美貌に湛えて、相手を見た。
「そなたの転居に伴い、配下の者が一緒に王都へきているか?」
「はい。わたしの右腕であるリャオをはじめ、若い者を数名伴っております」
「そうか……。実は、急な話だが、そなたはきょうより、わたしの直属の臣となる。その旨、王よりお許しが出た」
「えっ……わたしを、王子の直属の臣下に?」
「ああ。不満か?」
「まさか……!」
 ぶんぶんと首を横に振って、ガンツェは興奮で頬を赤らめた。
「うれしゅうございます!!」
「その言葉を聞いて、わたしもうれしい。それで、早速だが、そなたにしてほしいことがある」
「はい、なんなりと!」
「そなたがそばに置きたい部下たちをオアシスより呼び寄せ、王都に住まいさせよ。住居はこちらで用意しよう。彼らの日々の鍛錬には、王城内の武術場、馬術場を使ってよい。イリジャに言っておくから、イリジャと直接交渉して、日時などは調整してくれ」
「それは……つまり、わたしの部隊を、少人数ながらこの王都に駐在させよと、そういうことでありましょうか?」
「そうだ。異存があるか?」
「いいえ、ございません」
 しっかりと、ガンツェは答えた。シンラは満足そうに軽く頷いた。
「では、きょうのところはこれで自邸に戻り、今言ったことを実行すべく手配を始めてくれ」
「はい」
「また、茶をともにしよう」
「ありがたき幸せにございます」
 ガンツェは面(オモテ)を伏せ、そう述べた。
 部屋を出てヴァリアーノの一礼を受けてから廊下を歩きだしたガンツェは、角を一つ曲がったところで目を見開いて歩を止めた。
「……っ」
 あまりにも重大なことに今さら気づき、その場で頭を掻きむしった。
(おれとしたことが……!! あのとき……王子が「人を好きになるというのは、どういうことだと思うか?」とお訊ねになったとき、なぜ「わたしはなにがあってもシンラさまのお味方です」と付け加えなかったんだ!!)
 この自分は、いつでも、どんな状況でも、それこそ自分が死ぬまで、否、死んでからでも、あの美しく気高く聡明な王子の味方でいようと、そう心に決めているというのに。
(おれの愚か者! 千載一遇の機会を逃すなど……!!)
 この先、なんの前振りもなくそんな決意を再び告げることなど、できない可能性が高いというのに。そんなことをシンラ王子に表明する場など、簡単には与えられないだろうに。貴重な機会をむざと棒に振った己が憎い。
 がっくりと深く肩を落とし、ガンツェは歩き始めた。先の角を曲がってこちらへやってくる女官が、いかつい体躯の武人がなにやらひどくしょぼくれて歩いているのを見て、困惑したような表情に変わった。彼女はそして、ガンツェの少し手前で立ち止まり、作法どおりに廊下の端によけて、ガンツェがとぼとぼと歩いて通り過ぎるまで頭を下げていた。

 シンラは、ガンツェの去ったあとで、庭に下りて真昼の空を見上げていた。
 人を好きになるということに関してのガンツェとのやり取りは、思いもかけず腑に落ちた。
(なにがあってもその人の味方をしようと思うこと、か……。なるほど、そういうものかもしれぬ。……おれは、どうだ? 己以外の全ての人間がハサンのことを悪だと非難したときに、おれはどう振る舞う?)
 そうなったら――きっとハサンをかばうだろう。信じるだろう。周りがハサンを非難すればするほど、意地になって、意固地になって、ハサンの味方であろうとするだろう。
(……つまり、おれは……、ああ、そうなのだ、おれはハサンのことが……)
 空に顔を向けたまま、シンラは目を閉じた。
 ようやく、己の気持ちに折り合いがついた。重要なことを自覚した。
(……ハサン……会いたいな……)
 目を開けて、シンラは身を翻した。
 足早に部屋に入り、ドアの外に控えている者を呼び立てた。
「誰かいるか」
 「はい」と返事が聞こえて、中年の侍女がドアを開けた。
「ご用にございましょうか、シンラさま」
「ヴァリアーノかエンシャはいるか。どちらでもよいから、呼んでくれ」
「かしこまりました」
 侍女が下がると、ほどなくヴァリアーノの部下であるエンシャが部屋に現れた。シンラは彼に、「ブレンドルフ邸に遣いをやり、ハサンに、きょうのうちにここへくるようにと伝えよ。急用ではないが、きょうのうちに話したい」と命じた。エンシャは心得て退出した。