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ボーイズラブ | オヤジ・ガテン | おれの | 鞘いつこ [p.1/p.3]

読み切り

ボーイズラブ | オヤジ・ガテン | おれの | 鞘いつこ [p.1/p.3] | 幻創文庫[p.1/p.3]

おれの

[p.1/p.3]
「メシにするか」
 十二時。
 昼休憩を告げる棟梁の声が響き、住宅造成地の建築現場で汗だくになりながら働いていた男達は、歓声のようなため息を吐きながら思い思いの場所へと散っていった。
 分譲地は等間隔にいくつも区切られており、そこに点々と、すでに完成したものや、今現在建築中の建売住宅が並ぶ。
 十九歳の益子雄也が手伝う建築途中のこの家は、造成地の南端に位置している。
 日射しも強く残暑厳しい九月。建築途中の家に冷房などがあるはずもない。業務用の大型扇風機も見たことはあるが、造作工事中の家の中でそれを使えば、図面や木屑、紙屑がいたずらに舞い上がるだけで、掃除回数が増えるだけだ。
 今日のような蒸し暑い日には、表面に保護シートを貼ったままのガラス戸を、どこも全開にするか、外に出て風の通る日陰を探す。仕事中は諦めても、休憩中は少しでも涼しく快適に過ごしたい。その家で働く計四人の男達は、軽く声をかけあって、みな思い思いの場所で弁当を広げるのが常だ。
 棟梁は雄也の伯父で、現在無職の雄也は、伯父の仕事を手伝わせてもらっている。初めて手伝わせてもらったのは一年前で、それから時々、暇な時に世話になっている。本音を言えば、もっと冷房の利いた所で働きたいのだが、あいにくと今は好条件の仕事が見つからず、仕方なく伯父の優しさに甘えている状態だ。伯父の方では普段、親類縁者の大工二人とともに、三人で仕事をしている。本当なら、半端な雑用しか出来ない雄也の手伝いなど必要ではないのだが、人懐っこくよく笑う雄也を、彼は気に入って昔から可愛がってくれている。強面だが懐の大きい人で、頼まれると大抵のことは引き受けてくれる。その優しさに甘えてしまっているのだ。そんな罪悪感があるから、雄也は使い走りでも掃除でも何でも、真面目に精力的に取り組むようにしている。
 伯父とともに働く従兄弟の佐島兄弟とは、伯父の仕事を手伝い始めるもっと以前から顔見知りだった。伯父の親類縁者はほとんどがそのまま雄也の親類縁者でもあるから、冠婚葬祭や年間行事など、親族が集まる席で顔を合わせたことが何度もある。ただ、その頃はあくまでも「顔見知り」で、あまり話したことはなかった。伯父の仕事を手伝わせてもらうようになって初めて、色々と話すようになったのだ。幸い彼らも、「ユウちゃん」と呼んで広い心で可愛がってくれる。
 伯父は、フロアーに養生シートが敷かれた洋間で弁当を開き、佐島兄は同じ部屋に入り伯父と話しながら、開け放した掃き出し窓の前に腰を落ち着けた。
 雄也もコンビニ弁当を手に持ちながら、角材やベニヤ板の切れ端や、様々な道具があちこちに置かれている建築途中の家の中を、あちこち見て回る。昼食に適した場所を探しているのだろう。
 いや、彼が探しているのは、場所ではなかった。
 家の中で見つけられなかったものが、庭の隅の材木置き場でようやく見つかった。
 やはり工事中の隣の家の影が出来て、その一角は丁度いい避暑地となっていた。
 弱い風が吹き抜けるその避暑地に、目当てのものを見つけた雄也は、パッと花咲くような笑みを浮かべて、パタパタと安全靴を鳴らして家を出て、駆け寄っていった。
「のんちゃーん」
 猫撫で声で呼びかける。
 顔も腕も真っ黒に日に焼けた筋肉質の中年男、「のんちゃん」こと佐島の弟が、箸を咥えて顔を向けた。
「おう、ユウちゃん。一緒に食う?」
「うんうんっ」
 四十五十の男達からすれば、十九歳などまだまだ子供だ。二十歳前後の青年なら、相手がたとえ年上であっても、子供扱いされると不愉快に思う場合もあるだろう。自分は強い雄である、という意識が強いほど、相手が誰だろうと軽んじられることは許せないはずだ。だが雄也にはそういったプライドはない。自分自身を尊ぶ気持ちがないわけではない。それなりのプライドはもちろんあるが、ただ雄也の場合、それは子供扱いされることに関しては反応しない。昔から会う人会う人にチヤホヤされてきた末っ子だからか、相手が誰だろうと、子供扱いに甘やかされると疑問も抱かずつい素直に甘えてしまう。十九歳だし、大人の振る舞いも立派に出来るのだが、そんな甘えん坊の雄也だから、中年男から「ちゃん」付けで呼ばれても、お気楽に笑って返事をする。
 特に雄也がもっとも懐いているこの男、佐島信行の低い声で「ユウちゃん」と可愛らしく呼ばれると、嬉しさのあまり雄也史上最高の笑顔を浮かべてしまう。
 弁当の入ったコンビニのビニール袋を、振り回すようにしながら信行のそばに走り寄る。庭の隅に積み置かれた材木のそば、不要な段ボール紙を座布団代わりに地面に敷いて、信行は弁当や飲み物を広げている。その隣に、同じように段ボール紙を敷いて座る。剥き出しの地面の黒い土が、朝からの日陰でひんやりと冷やされているのが、段ボール紙を通してもわかる。冬なら尻が冷たくて五分と座っていられないだろうが、暑い時期にはちょうどいい。
「いーなぁ、のんちゃんの手作り弁当、んまそー」
 離婚して、今は次女とともに暮らしている信行は、節約のために毎日自分で弁当を作ってくる。少し前まではコンビニ弁当を買っていたが、出費が嵩むと娘に叱られたらしい。決して料理が得意な方ではないが、不器用なりに懸命に作られているのが感じられる、おかずの少ない手作り弁当を見るたびに、雄也はそう言う。毎度言われる方の信行は、「何言ってんだ」と呆れ半分、照れたように小さく笑う。恥じらうようなその笑顔が雄也は好きだから、今も隣に座り込んですぐ言ったのだ。
「そっちの弁当の方が、よっぽどうまそうじゃねーか。彩も綺麗でよ」
 雄也の膝の上に開かれたコンビニ弁当を顎で指して、信行は言う。
「お金取るんだから、綺麗で当たり前だよ。それより俺はねー、のんちゃんが作った弁当が食べたいの。もう、何で作ってきてくれないのさぁ」
 頬を膨らませて睨むと、マイボトルのお茶を飲む信行が、びっくりしたように眉をしかめる。
「本気で言ってんのかよ?」